健康な暮らしをサポートし肥満や生活習慣病を招く食生活の改善などについて多く記載しています。
株式投資のススメ近時、アメリカの住宅価格下落に端を発した世界的な金融危機により、各国株式市場において株価が急落。これを受けて各国政府は各国協調しての公的資金注入や流動性供給といった異例の政策を打ち出し、危機の収束を図りました。一連の事態は毎日のように各種メディアにより報道され、私達はほぼリアルタイムで上記経緯を知ることができました。これらをきっかけとして、世界経済の動向に興味を持った方も多いであろうし、株価が低い水準であることを背景にして、個人が株式投資に興味を持ち、証券会社に新規口座を開設し、株式投資を始めるという動きもあるそうです。私はそれを良いことだと受け止めています。日本は高度経済成長期を経て、既に先進国の仲間入りを果たして久しいですね。しかし、国民が皆同水準の賃金にて暮らし、一部の富裕層を除けば同様の生活水準を維持できるという時代は終わりに近づいている、もしくは終わっているのかもしれません。労働の質は知識集約型と労働集約型に二分される傾向にあり、それらの差異はこれまでよりもより明確化し始めているように感じます。電車の中吊り広告を見て、週刊誌で賃金格差・所得格差の話題が取り上げられているのを見るたびにそう感じてしまいます。「二極化」という言葉もよく耳にするようになりました。既に韓国は外国人の受け入れを開始し、日本も同様の動きを開始しています。単純労働の職は、近い将来海外から来る外国人の仕事になっていくのではないかと感じています。もちろん、時と共に知識集約型と言われる業務にも多くの外国人が携わるようになっていくでしょう。日本におけるほとんどの職が、日本人にのみ提供される時代は終焉を告げようとしているのかもしれません。上昇の一途をたどる医療費、将来的な公的年金の支給が疑問視されるほどの財政赤字。下落し続ける婚姻率と低水準で推移する出生率。上昇する一方の税負担。消費税は今後上昇していくでしょう。そして世界的な食料・資源不足を背景とした食料品・原油価格の高騰。問題は山積で不安は募るばかりです。さて、前置きが長くなっておりますが、結局何が言いたいかというと、「皆さん今が良いタイミングだと思いますので、投資を始めるということについて前向きに検討してみてください」ということなんです。え~っと、「上の話と全然関係無いじゃん」と思うかもしれませんが、もうちょっと読み進めてください。「将来、過度な贅沢は望まなくても、一定水準以上の暮らしはしたい」と考えている、もしくは漠然とそのように感じている人は多いのではないでしょうか。しかし、それは誰も保証してくれませんよね。もちろん未来のことなど誰にも分かりはしないのですが、この国の将来の姿というのをなんとなく予想することはできます。でもあまり煌びやかな姿は想像できません。不安材料がいっぱいですから。そういう不安も手伝ってか、日本の貯蓄率は未だ高いままです。「貯蓄から投資へ」というスローガンや金融規制緩和も一定の効果があったものの、未だ十分ではありません。国民性もあってか、日本人は投資というものに対して非常に消極的です。銀行預金ばっかり。「リスク」という言葉を「損をする危険性」というニュアンスだけで捉えている人が多いようです。でも「得をする可能性」と言い換えることもできる。「損をする危険性」という言葉の表面だけ捉えればなんとなく危なそうな匂いがしますが、経済学的に考えると、「本来投資をしていれば得ることのできた利益を、投資をしないために得ることができない」というのも「損」なんです。それに「株式や投資信託で運用せずに銀行預金のまま置いておく」というのもあくまで投資手法の一つであって、100%安全というわけでは無いんですね。今までは単純に銀行に貯金しておくだけで良かったかもしれません。税を納め、一定の負担さえしていれば、一定の生活水準が国によって保証されていたのですから。でもその構図は崩れつつあります。日本では儒教的な教育の影響もあってか、お金という表現に対して、何か悪いことを示すかのように捉えられることもありますが、これからの時代、それが無くちゃ話にならない状況になってしまうというのが現実味を帯びてきていますよね。お金が無くても「幸福」だと感じることの出来る人は多くいるでしょう。老荘思想を持った人なんかは特にそうかもしれませんが、「金銭的余裕」が無ければ「精神的余裕」が無くなるのも確かなような気がします。以前、「東京で一人暮らしのおばあちゃんが餓死した」というニュースを見たことがあります。老人ホームってめちゃめちゃ料金高いです。若いうちは良いかもしれません。体が動きますから。20歳の若者は、自分が将来餓死するかもしれないなんて思ったりしない。でもよくよくそのニュースを見ていると、餓死した老人はお金を全く持っていなかったわけではなかったんですね。お金は多少持っていたけど、毎月国から支給される年金では老人ホームに入るには不十分だった。そして、病気や老衰で体が動かなくて、食物を買いに行くことができない状態だったそうです。身寄りも無く、一人暮らしとのことでした。ボランティアで看護をしたり、買い物をしてくれたりする人はいたけど、一週間に一回来るか来ないかという状態。医療やボランティア関係者は人手が足りてませんからね。ただ、人間である以上必ず歳は取るし、自分の体が思うように動かなくなって働けなくなる時は、生きていれば必ずやってきてしまいます。大家族で誰かが看病してくれる時代でも無いし、自分が老人になるころは親は既にこの世にいないでしょう。老人ホームで毎日面倒見てもらったり、定期的に介護の人を呼ぶにも結構なお金が必要になる。自分にとって本当にお金が必要になる時(つまり人生を楽しむためではなく、そもそも生きるためにお金が必要になる時)というのは、体が健康で、ちゃんと働ける「今」では無く、働けなくなってくる数十年後にやってきます。時代の変化というのは目に見えません。けれど着実に変わっていくように思えます。だからこそ怖いのだと思います。気づいた時には手遅れだったということになりかねませんから。そんなわけで「投資を始めてみては?」とオススメしたいわけです。お金持ちになるためでは無く、自分が将来困らないために。ここまで随分と長くかかってしまいました。はい。ま、こんなことを書いたところで、私には一円の得にもなりませんが・・・。歴史的に見ても、長年に渡って投資というものを行ってきたユダヤ系やアングロサクソン系の人々と違って、日本人というのはそもそも投資というものに慣れていない。だから「株式投資って言ったって損するの嫌だもん。怖いもん。株のことなんて分からないもん。」という人がいるのは分かります。しかし、多少子供じみているようにも感じます。将来、致命的に手遅れな状況になってから「運用とかして少しでも増やしておけば良かった」と後悔する日が来てしまう方がよっぽど怖いと思うのです。そしてそうなってしまう可能性は、現在既に50代~70代になっている人達より、10代~30代の人達の方が遥かに高い。今の株式市場の状況は、価格が既に低くなってしまっている状況で、言い換えれば「これ以上大幅に下がる余地の少ない状態=上がる余地の大きい状態」と言えると思います。だから、金融の知識が無い人が株式投資を始めても「損をする可能性が低くて、得をする可能性が高い時期」と言えるのだと考えています。株式投資を初めてやって、慣れていくには丁度良い時期だと思うのですがいかがでしょうか。なんか書いてて思いましたが・・・証券会社の勧誘みたいな内容ですね。いやいやいやいやいやいや。違いますよ。・・・・・・違いますってば!o(*≧д≦)o
http://kinyokuseikatsu.blog.so-net.ne.jp/2008-10-18-2